電波が届かない。
いまや暮らしの必須ツールとなっている携帯電話。通話はもちろんメール、インターネット、最近ではワンセグによる地上波デジタル放送の視聴など、その用途は限りなく広がっています。
その携帯電話は、基地局から届く電波を拾うことにより機能します。基地局とは、文字通り、電波を発信する無線基地のこと。都市圏を中心として、電話会社ごとに夥しい数の基地局が設置されており、現在も増加の一途を辿っています。
基地局が増加するということは、ユーザーからしてみれば、それだけ有効な電波が多くなり、ありがたい話のように思えるでしょう。
確かに、基地局の増加により、電波は届きやすくなります。しかし、それは地上(路面)エリアに限った話であり、建物の中などのすべてのスポットに当てはまりません。
つまり、基地局は地上(路面)エリアの電波環境を想定しており、路上での電波接続エリア向上を目的としているのです。そう、建物の高層階での通話は、基地局の増加とイコールにはならないのです。
また、基地局が多くなるということは、結果として、電波同士がぶつかりあう「電波の干渉」が起こってしまい、電波が不安定な状態になってしまいます。特に、タワーマンションなどの高層階で顕著です。見通しがいい高層階では、それだけ電波が届きやすく、雑多な電波が影響を及ぼしあい「干渉状態」を引き起こしてしまうのです。また、ビルの地下など構造上電波の届きにくいスポットは、いくら屋外の基地局を増加したところで、問題の解決とはなりえません。
そうした電波の不感対策として、電話会社では屋内対策用の小型基地局を用意しています。しかし、それは費用が高額なうえ、設置場所も限られてしまいます(図
1参照)。結果として、ビル地下の飲食店などを中心に違法なブースターが氾濫することになり、それらが基地局にノイズを与えて、通常のユーザーが使えなくなるなど社会問題となりました。
【図1】開発するアンテナのポジション
つまり、電波不感に対する有効な手だてはなく、多くのユーザーにとっては、深刻な問題となっているのです。現に、MM総研による「携帯電話の電波接続状況(不感エリア)」の調査(05年度実施)でも、携帯電話ユーザーの4人に1人が、電波接続状況に不満を持っているという結果が出ています。
「ケータイ・スポット・アンテナ」とは、そうした電波の不具合を解消するために開発された、室内用補助アンテナです。部屋の中で比較的電波の届きやすい場所にアンテナを設置するだけで良好な電波を引き込むことができるのが、特徴です。面倒な工事や電源を必要としないので、ユーザーをはじめ電話会社からも注目を集めています。
【写真1】「ケータイ・スポット・アンテナ」ワイヤード・タイプ
開発を行ったのは、私たち、テレセン株式会社。当社は携帯電話の販売会社であり、アンテナ関係の開発会社ではありません。では、なぜ、そうした会社が開発を行うに至ったのでしょうか。手前味噌ではありますが、これから8回にわたって、開発までのエピソードを、当時を振り返りながら書き綴っていきたいと思います。
巨大なるニッチ。
私たちがアンテナ開発に着手したのは、いまから約3年前。2004年の9月のことです。しかし、この開発のプロローグは、そのさらに1年前、2003年にまで遡ります。
当時、当社ではモバイルジャックという携帯電話の受発信補助装を販売していました。そして、その商品を販売していくなかで、ある電話会社から共同開発の話が持ち上がったのです。
「その電話会社さんは、2GHzという周波数の携帯電話を新たに市場で販売していたのですが、当時にしては高い周波数だったので、あまり電波が届かなかったんですね。そこで、高層マンションに住まわれているユーザーさんのために、そのキャリア用にモバイルジャックを改良できないかという相談がありました」と、当時を振り返るのは、ケータイ・スポット・アンテナの開発責任者である当社常務取締役・藤井氏。しかし、開発に向けて仕様を詰めていく段階で、その話は立ち消えてしまうことになりました。ところが、この商談はムダにはならなかったのです。この商談のなかで、常務はあることに気づいたのです。
「話をしていくと、今後携帯電話は、どんどん高速通信化していくことがわかったんです。つまり、今までは800MHzといわれていた周波数が、2GHzとか、2.5GHzが当たり前になっていくと。高い周波数でないと早いデータ送信ができないんですね。でも、周波数が高帯域化していくと、電波が届きにくくなります。従来の800MHzの基地局がサービスできていたエリアを、その高周波数に対応した基地局でカバーしようと思えば4つ以上の基地局が必要になってくるんです。それだけ電波が届かないということです。同時に、社会的な動きでみると、都心回帰現象の影響で超高層のタワーマンションが流行ってきていたんですね。そこで、タワーマンションの高層階のユーザーは全然電波が入らないという問題が起こってきました。これは新聞でも話題になったので、覚えてらっしゃる方も多いかと思います」(藤井常務)。
携帯電話の周波数が高帯域化していき電波が届きにくいという現状。そして同時に、タワーマンションの増加によって、届きにくさが加速されていくというユーザーからの不満。私たちはそうした状態に、ビジネスの可能性を見いだしたのです。
【写真2】開発当時を振り返る藤井常務
ここで、ひとつの疑問が持ち上がると思います。そう、そうした電波の届きにくい状態に対して、電話会社側はどういった対応を取ってきたのでしょうか。
「電話会社もそうした状態を放っておいたわけではありません。最初に声のあった会社にしても、何とかしないといけないという危機感の表れでしょうし。後、各会社とも室内用の小型基地局を持っているんですね。でも、小型基地局は、安くても数百万円という値段で、当然のことながら、一般ユーザーにとっては、非常に高価なものになります。また、小型基地局は電話会社にとっては電気通信事業法や電波法といった法律の上では、固定資産になるんです。自分たちの資産をそこに置くからには、ペイできる保証がないと難しいですよね。また、基地局として認可を受けて実際に設置して使えるようになるまで、半年もの時間がかかってしまいます。加えて、屋内対策用の小型基地局は自社ビルにしか設置できないんですね。つまり、テナントとして入っている法人や店舗は、電波が入らないと言ったところで、どうすることもできないんですね。そう、電話会社は屋内対策用の小型基地局を持っているけど、ローエンドのユーザーはその恩恵を受けられないという状態なんです。では、ローエンドのユーザーはどうすればいいかというと、電機店が売っているような機能の低いものか、社会問題にもなった
違法なブースターを使うしかないんです。ギャップが大きすぎるんですよ」(藤井常務)。
そこで、藤井常務は電波法などを調べていき、ある結論に行き当たりました。「じゃあ、電波法に抵触せず電波を増幅しない合法的なアンテナがローコストで設置できれば、十分にビジネスとなるのではないか」。
ユーザーの不満や不便を解消し、それが独自のビジネスにつながる……。それは、まさに私たちが求め続ける「お客様を起点とした商品・サービスの開発」でした。
そして2005年9月、会社として開発に踏み切ることになりました。(続く)